旧山鹿郡三十三観音霊場 " 凡導寺 "のページに写真を追加しました ( 2026.05.15 ) 記事を今すぐチェック!

彦嶽宮 下宮の一の鳥居の話

こんにちは。

最近、地元の方々で作る、まちづくり協議会のようなものに、何かの流れで参加をすることになりました。
地域の史跡などをルートに組み込んだ歴史を楽しむフットパスをされるそうです。

まあ、何かの縁で繋がったこのお話ですので、できるしこで楽しもうと思っています。

さて、その会議に先日参加させていただいたのですが、紹介したいとされる史跡や神社、そのルートに関しては、ほとんど決まっておりましたので、用意された資料を非常に楽しく読ませていただいたのですが、その中にあるものが載っていました。

それが、今回のタイトルである『 彦嶽宮 下宮の一の鳥居 』です。

彦嶽宮 下宮の一の鳥居の話

現在、山鹿市の三岳地区の彦岳の麓には、景行天皇に由来のある『彦岳下宮』があります。

彦岳には、上宮・中宮・下宮と三宮があります。

下宮から下ると民家脇に、大きな鳥居があります。

こちらは道路沿いにありますので、通られたことがある方は見られているのではないかと思います。
昔は、ここから下宮までの参道があったのでしょう。

 

先の、協議会の会議でいただいた資料では、この民家横にある鳥居が『二の鳥居』と書かれていました。
そして、この鳥居から更に下った岩野川沿いの道下に『一の鳥居跡』と書かれた部分があったのです。

 

もう、この記載名を見てしまったら、一度行ってみないと気がすみません。

そこで、仕事が遅番だった日の通勤前に行ってみました。

 

一の鳥居の跡なのか?興味がモリモリわいてくる。

実際に行ってみると、確かに道路横の土手のようになっている草が生い茂る場所に、

「鳥居の痕か?」と言われる石塔がありました。

近くによってみると、手前の背の高い石塔には、何やら文字が彫られています。

ちょっと、いまいち読めません・・・・・。

そして、奥のほうにはこれまた大きな石の何かがありました。

これも、側面には何か彫られているような痕跡はあります。

 

 

どうなんでしょう。

会議に出席されていたメンバーの方の話では、
石塔に掘られてる文字からして、鳥居ではなく道標としたものかな~とも思われる
とおっしゃってました。
はっきりとしませんが、何かが確かにここにはあったのですね。

ただ、これが『一の鳥居』でここらか参道が続いていたのかと考えると、また妄想が膨らみますね〜。

実際はどうだったのか。
確かな資料もありませんでしょうし、たとえ鳥居じゃなかったとしても、確かに鳥居の跡だったにせよ、新たな発見というのは非常に楽しいものですね。

僕は、一の鳥居であってほしいな~と、一人妄想するわけです。

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この記事を書いた人

普段は高齢者福祉の現場に身を置き、地域交流をライフワークに。 もう一方で、山鹿の歴史や伝承を静かにたどっています。 このアカウントは、その三つの軸(福祉/交流/歴史)が日常のどこかでふっと交わる瞬間を拾い集める場所にしたいと思います。「やまがをさるく」管理人

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