旧山鹿郡三十三観音霊場 " 凡導寺 "のページに写真を追加しました ( 2026.05.15 ) 記事を今すぐチェック!

– 川辺寺 – 旧山鹿郡三十三観音霊場 二番札所

こんにちは。

今日は、「旧山鹿郡三十三観音霊場」の二番札所 ” 川辺寺 ” をご紹介します。


 

本村の三叉路の観音堂

場所は、こちらです。


一間×一間の素朴な造りですが、最近立て直されているようで、お堂は大変きれいになっています。
「揚柳寺」という別名もあるようです。

十一面観音座像と、聖観音座像の二体があり、両像とも高さ約40センチ、胸から上は金箔塗り、木彫の彩色があります。

国衆一揆で敗れた有働氏の位牌所

『鹿郡旧語伝記』には、「近流堂観世音。郡三十三札所、この観音堂、有働氏の位牌所といえり」とあります。
天正16年(1588)、有働兼元は、肥後の領主になった佐々成正の検地に反抗し、国衆一揆で敗れ切腹した。

地域では、女性だけで年2回の本村の座祭り。正月・五月・九月に観音祭りがあるそうです。
時には僧侶の読経もあるそうですよ。

観音堂の向かい側の曲がり角には2体のお地蔵様がおられます。


※この記事は、以下の書籍を参考に書いています。

(山鹿双書四・旧山鹿郡三十三か所札所巡り・児玉徳夫講演録より先生講演録)

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この記事を書いた人

普段は高齢者福祉の現場に身を置き、地域交流をライフワークに。 もう一方で、山鹿の歴史や伝承を静かにたどっています。 このアカウントは、その三つの軸(福祉/交流/歴史)が日常のどこかでふっと交わる瞬間を拾い集める場所にしたいと思います。「やまがをさるく」管理人

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