旧山鹿郡三十三観音霊場 " 凡導寺 "のページに写真を追加しました ( 2026.05.15 ) 記事を今すぐチェック!

黒猪の清正公さん[ ふるさと探検より ]※鹿北町

今日は、鹿北町の『黒猪』という地区で祀られている清正公さんをご紹介します。

田畑の荒れを整備し、豊作を祈願し奉られた清正公さん


場所はこちら↓

まずは、写真にてご紹介。

この階段を上ると、右に一基の石碑があります。

そのまま進むと、


綺麗な社の中に、石の祠があります。

さて、参考にさせて頂いている『ふるさと探検』の書籍をより引用させていただきますが、記事中の内容以降新たに社を改修されているようですので、その点をご理解いただき、書籍より引用させていただきます。
※以下、ふるさと探検より引用、内容は過去のものです。昭和58年に祠の左面から後ろ面にきっちりとした漢字で、刻まれた由緒書きがあるそうですが、何時頃刻まれたかは不明だとのことですが、最後の方に『県吏 上野彰謹誌』とありますので、明治初期の年代であろうと思われるとのこと。

『山鹿県芋生村に黒井谷というところがあり、田畑が荒れて税金なども十分に納められなかった。
 天保十四年(1843年)の春、村長渕上淳平という人が命を受け、官府から糧銭を下賜され、
 そのお金で家屋などを修理し、荒れ地を耕し、水利を良くし、イナゴの害等を防ぎ良い田畑にした。
 古い祠を補修し、黒井谷を鎮め護って頂くよう、鬼将軍「加藤清正公」をお祀りした』

 と、言う事が書かれているようです。

 そのほかに、石段を上がった右手に二基の石塔がありますが、一基には明治十年五月十日、黒井 古閑などの文字がかろうじて読めます。
 もう一基は、その右側にあり、正面に「南無阿弥陀佛」と「明治三年二月十五日」の日付が刻まれています。

このように、書籍の中には記載がありました。

やはり昔は、大変の時期もあったのですね。
その引用の下部、二基の石塔については、詳しく確認しなかったためか私が伺った際には、一基しか気づきませんでした。

また行く機会があれば確認してみますね。

此方の清正公さんは、国道三号線からですと、随分と入り込んだ地区にありますが、平山温泉方面からも通れるトンネル「黒猪トンネル」がありますので、そちらから来られるとトンネルを抜け坂を下ったところ、すぐの左手にこの石段があります。

一度伺われてみてはいかがでしょうか。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

普段は高齢者福祉の現場に身を置き、地域交流をライフワークに。 もう一方で、山鹿の歴史や伝承を静かにたどっています。 このアカウントは、その三つの軸(福祉/交流/歴史)が日常のどこかでふっと交わる瞬間を拾い集める場所にしたいと思います。「やまがをさるく」管理人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次