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山鹿の六地蔵幢シリーズ vol.1

こんにちは。
今日は、最近インスタグラムなどでシリーズで紹介している「六地蔵幢」をご紹介しようと思います。
山鹿市でも沢山の六地蔵幢がありますので、何回かのシリーズで紹介したいと思います。
「六地蔵幢」って何?と思われる方も多いでしょうね。
六地蔵幢とは、街中を散策されていると、灯籠みたいに背が高く、上部が六面の形状でお地蔵さんがかたどられている石造物のことを言います。下の写真のようなものですね。

釈迦入滅後、弥勒菩薩がこの世に出現するまでの間、即ち無仏の期間を担当して、衆生を救済する菩薩を時増といい、平安時代から信仰が盛んになり、特に江戸時代には民衆の信仰を集めました。 人は、死ねば「地獄・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道」の六道(六つの世界)に往き、それぞれの因果応報を受けねばならないが、地蔵を信仰し供養すれば、その功徳によって六道にそれぞれの地蔵が出現して、苦しんでいる亡者を済度するといわれる。六地蔵は、その信仰の証として建立されたもので、地域の信仰の篤さを物語るものである
さて、これから様々な場所に建つ六地蔵幢をご紹介しますね♫
山鹿市の中心部、さくら湯の前にある「薬師堂」の境内に建つ六地蔵幢です。
幢身は太く、又、龕部を乗せる部分は四隅が斜めにきられています。変わってますね。
龕部の地蔵も一部破損はありますが綺麗です。上部に乗せられた石には梵字が彫られているそうです。
【場所はこちら】
さくら湯近くにある長源寺の入り口の建つ六地蔵幢です。
元は、関口の町辻(現日吉郵便局の前)にあったものを移設したと云われています。
龕部の尊容は浮彫で、表情豊かです。傘の軒先を少し反らさせ、一石づくりの露盤と宝珠を置く。
山鹿市も松坂町、公民館の裏に建つ六地蔵幢です。
松坂町公民館の裏に祀られています。
以前別の場所にあったものを移設されたそうです。
このような形で祀られる六地蔵は初めて出会いました。
【場所はこちら】
山鹿市中村地区の雲閑寺入り口の道端に建つ。
竿石に「貞享二乙丑 奉寄進 二月吉日」、下段に「願主 雲閑寺 延命院 山鹿郡中村相川彦市」と四行の分ち彫りでいづれも陰刻。
貞享二年なので、「1685年」の建立。
この先には、旧山鹿郡三十三観音 十九番札所の雲閑寺や、宇野親治の五輪塔などもあります。
【場所はこちら】
豊前街道を日吉町方面へ進んだ先にある、老人福祉センターの手前に、宥明公園はあります。
こちらには11体の石仏が祀られており、その向かって右から6体が六地蔵です。右から2体目の台石に「宝暦六年」(1756)の銘が彫られています。
いづれも、舟形光背で立像と坐像の浮彫りです。高さは90cmから120cm。
【場所はこちら】
弁慶が穴古墳の近くに建てられています。
細身の竿石で、十二辨開花蓮の中台、龕部の浮彫り尊容は傷んではいます。
全高268cm。
建立年は不明です。
【場所は、こちら】
裏道の散歩で見つけた六地蔵幢。
お寺の裏手に建つので、お話をして見せていただきました。
龕部の尊容は痛みもありはっきりしませんし、完全に枠だけになっているところもあります。
こちらの六地蔵幢は、どの書籍を見ても掲載がないので、詳細は分かりませんがどちらからか移されたものなのかもしれませんね。
【場所は、こちら】
さてさて今回は、7か所の六地蔵幢をご紹介させていただきました。
冒頭でも述べましたが、山鹿市にも沢山の六地蔵幢がありますので、シリーズでご紹介していきますね。
ではでは、次の機会に~。
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